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東京地方裁判所 昭和31年(行モ)10号 決定 1956年10月10日

申立人 福島市蔵

相手人 東京都知事

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は当裁判所に相手方が申立外山本敏三に対し、昭和二十七年六月六日及び昭和二十八年八月二十二日別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)につき為した換地予定地の指定処分並びに昭和三十一年五月十二日本件土地上に存在する建物(以下本件建物という)につき為した移転の通知及び照会処分の取消の訴(当庁昭和三十一年(行)第六三号事件)を提起した上、右各処分の効力及び執行の停止を申立てた。

その理由の要領は、申立人は本件土地の所有権者であるが右山本との間に該土地につき、相手方が土地区劃整理事業に著手するが、申立人が該土地を必要とする場合には直ちにこれを明渡すとの定で使用貸借契約を締結し、右山本は右地上に約二十棟のバラツク建物を所有しているものである。ところが本件土地は総武線錦糸町駅前に位し、右土地を含む附近一帯の地域は昭和二十一年四月二十五日戦災復興院告示により土地区劃整理区域に指定せられ、同年十月一日土地区劃整理施行地区の告示がされたが、右告示により本件土地に対する山本との間の使用貸借は終了したので、昭和二十四年十一月三十日申立人は右土地の内五番の一の一部を自用地とし他の一部を申立外那須武にその残部及び同番の二を申立外株式会社江東楽天地に賃貸したので那須等は同年十一月三十日右各借地権の届を為した。よつて相手方は昭和二十七年六月六日及び昭和二十八年八月二十二日の二回(本件申請(申立)書によれば単に昭和二十六年六月六日とあるけれども申請書添附の換地予定地指定通知書写(一通)及び相手方提出の同写(七通)により誤記であることが明らかである)にわたり本件土地の全部につき所有者なる原告に対し換地予定地指定の通知を為すと同時に右申立外人等に対し同人等の借地につき換地予定地指定の通知を為したほか同時に、本件土地につき前記山本の賃借権(係争中)が存続するものとして同人に対し借地権の換地予定地(申立人の自用地と指定された三十三坪五合を除くその余の部分全部)を指定してこれを通知し次いで昭和三十一年五月十二日本件建物につき、土地区劃整理法第七十七条第二項に基く移転の通知(移転の期限は同年八月二十日)及び照会を為した。けれども、前記山本の本件土地に対する借地権は前述のとおり相手方の土地区劃整理着手により既に消滅しており、又山本の特別都市計画法施行令第四十五条に基く権利の申告は申立人の署名捺印を偽造して為されたものであるから、同人に対する換地予定地の指定処分は無効であるといわなければならない。それにも拘らず、右建物が申立人の換地予定地上に移転されることになると、申立人は該土地を使用することができないのみならず、昭和十九年強制疎開のため本件土地から立退きを命ぜられて以来現在まで該土地を使用することができず、そのため家業の石けん製造販売業は不振となり現在破産に瀕する状態で、本件土地の固定資産税年額約三十万円も昭和二十七年以来滞納し、該土地は東京都墨田税務事務所長より差押えられている許りか昭和二十七年二月十五日申立外神尾留吉から、申立人の殆んど、唯一の資産である本件土地に抵当権を設定し、且つ期日に弁済しない時は代物弁済として所有権を移転することとして金百万円を借り受けたが、期日に右債務を弁済することができなかつたので、同年十一月二十一日同人より該土地の所有権を取得した旨の通知を受け、目下交渉中であるが、申立人は同人に対し別に金三百万円の債務を負担しており、本件土地を早急に更地とした上、金融しなければ、本件土地の所有権をも喪失する結果になる。山本に対しては昭和二十五年三月六日本件土地の明渡を求める訴訟を提起し、第一審は申立人が勝訴したが、現在控訴審に繋属し、その間六年余を経過して迅速な解決は困難であるのみならず、本件建物には九十六世帯の者が居住し、これらの居住者に明渡を求めることは事実上不可能に均しく、本件各処分の効力及び執行を停止するのでなければ申立人は償うことのできない損害を避けることができない緊急の必要があるというのである。

本件換地予定の指定処分及び本件建物の移転の通知処分により、該通知に定められた期限経過後は相手方において本件建物を、相手方が指定した本件土地の換地予定地のうち、申立人の自用地として定められた三十三坪五合を除くその余の部分に移転しうることとなり、これが実現された場合申立人は、右換地予定地の内該部分を直ちに使用し又は更地として担保に供することができなくなることは明らかであるけれども、換地予定地の指定は、土地区劃整理施行のため同地区内に存する建物その他の工作物の移転を為す必要がある場合に、その移転を円滑ならしめるため、その他の必要性により換地処分が為されるまでの間建物の敷地につき所有権その他の権利を有する者に対し従前の土地に対する権利の内容と同一の内容の使用収益をなさしめるために一定の土地を提供するものであつて、之により土地区劃整理の施行を容易ならしめようとするものにすぎないことは、旧特別都市計画法第十三条第十四条及び土地区劃整理法第九十八条に徴し明らかであるから、換地予定地の指定がなされたからといつて、該指定を受けた者に従前の土地に対する以上の新たな私法上の権利を付与するものでないことはいうまでもない。従つて、山本の建物が全部従前の土地から本件換地予定地上に移転されたとしても、現在係争中の本件土地に対する借地権の存否に関する民事訴訟において申立人が勝訴しその結果申立人主張のとおり山本の本件土地に対する使用権の消滅したことが確定すれば申立人は山本に対し前記建物の収去及び本件土地(移転が完了すれば換地予定地)の明渡を求め得ることは勿論である。従つて本件建物に九十六世帯の居住者がいるとしても、右建物は単にバラツク建築にすぎないのであるから、その収去につき幾許かの日時と費用とを要したとしてもこれをもつて不可能ということはできないのみならず本件土地につき申立人は昭和二十五年三月六日以来前記山本との間において借地権の存否につき係争中であること前に説明の通りで既に六年以上を経過してなお落着に至らず、又、申立人は昭和二十四年十一月三十日本件土地の内五番の一の内自用地三十三坪五合を除いた一部を那須武に、その残部及び五番の二を株式会社江東楽天地に賃貸し那須等は同日各借地権の届をしたので、昭和二十七年六月六日及び昭和二十八年八月二十二日の二回にわたり同人等の借地に対する換地予定地指定の通知が為された(尤も申立人は株式会社江東楽天地との間の賃貸借契約は消滅したと主張するけれどもこの点に関しては疎明がない)というのであるから元来本件土地は、その地上に建物がなかつた場合を考えてみても、申立人が自ら之を使用し、或いは借地権等の負担なき土地として担保に供し得る状態にはないのであるから、右土地に対する換地予定地もまた同一事情にありといわざるをえず、従つてその地上に本件建物が移転されたとしても之によつて申立人が蒙る損害は結局相対的のものに過ぎず金銭をもつて償いうる性質のものであるといわなければならない。

従つて申立人主張の事情は未だ行政事件訴訟特例法第十条二項にいう償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合に該当すると解することはできないから、申立人の本件申立は理由がない。よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 松尾巖 三淵嘉子 井関浩)

(別紙省略)

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